Loop セミネール #01 アートとホスピタリティ
作品、人、制度を感じて、考える、ことから




 今、芸術祭やアーティストによるワークショップ、さらには参加型アートが大きな拡がりをみせるなか、アートの 力はどのように人の心に届き、世界を変える可能性があるのでしょうか。病院におけるアート作品の展示やワークショップの実践は、アートの力を最も身近に、そしてリアルに感じられる 機会の一つであるともいえます。病院のなかで、アーティスト、医療者、そして患者・家族らがアート作品をシェア するときに起こる効果は、よかれあしかれ、どのようなかたちであれ、人や制度に微かな感情や変容を呼び起こすこ とでしょう。そのとき、アートの力は誰に、どのように働きかけ、その結果としてコミュニティはどのように変わっ ていくのでしょうか。あるいは、アートはどのような条件下において、薬になり、あるいは毒になるのでしょうか。「ホスピタリティ(歓待)」や「生成変化(なること)」、「思弁的実在論」といった近年の思想的なテーマを視野に入れつつ、Loop のプロジェクトのなかで医療・福祉の現場にアート作品を展示してきた参加者とともに、「アートの ホスピタリティ」と「ホスピタリティのアート」の現在をめぐって語り合います。
(F.アツミ )

LOOP Art Hospitality とは
 

医療・福祉の現場にアート作品を展示することで、 来院者の方々にやすらぎを感じていただくと同時に、病院・ 施設内において思いやりのある繊細なコミュニケーションが生まれる雰囲気をつくることを目的としています。  アーティスト・病院・ギャラリー・コラボレーターの輪によって、事前にニーズや課題をヒアリングしたうえで、 それぞれの現状に相応しいコンテンポラリー・アートの作品をお届けすることでアートがもつ癒し(ケア)を生かし た Hospitality をお届けいたします。


F.アツミ (Art-Phil)

クリエイション・ユニット「 Art-Phil」。“アート発のカルチャー誌” としてブックレット「Repli(ルプリ)」の発行を中心に活動。アート、哲学、社会の視点から、多様なコミュニケーション一般のあり方を探求しています。 ――アートと哲学をあなたに!



【概要】
▪日 時 2018年 11月3日(土)  14:30-16:30 (開場 14:00)
▪️会場 工房親  150-0013 東京都渋谷区恵比寿 2-21-3
▪️来場無料 予約不要



LOOP勉強会 感想 (ゲスト F.アツミ氏 (Art-Phil) と 9名の作家より)


F.アツミ (Art-Phil)

 言葉にしないとわからないという話があるけれど、言葉そのもののもつ意味は人それぞれで、言葉にすればするほどわからなくなってくるという話もある。ものについて言葉にしようとするとき、その言葉について考えようとするとき、言葉を交わす人の間にはどれくらいの断絶と絶望と、そして希望があるのだろうと思うことがある。  作品を構成する形態や色彩、創られるまでのプロセスやコンテクスト、そのものが作者と社会のかかわりのなかで生まれる語りと歴史を帯び、結晶化され、プリズムのような光となって人に伝わっていく。その光はある人には伝わり、またある人には伝わらない、あるいは別の仕方で伝わっていく。そこに認識の断絶と絶望と、そして希望がある。  病いを抱える人のもつ痛みと苦しみをめぐる差異、ケアというかたちをとおした管理と拒絶、生きることへの絶望と希望もまた、言葉にしようとすればするほど人と人との関係を断絶させるものかもしれない。そのような断絶と絶望と、そして希望に向けて、ときとしてよくわからないといわれる哲学や詩の言葉は開かれているのではなかっただろうか。 アートとホスピタリティという言葉について、アーティストや医療者、そうではない人たちの言葉が一つのスペースのなかで交わされることになった。ものをつくることとケアを行うことの間でわかり合えることやわかり合えないこと、その間にあるよくわからないことが面影を帯びてくるのが印象に残った。その印象について想いをめぐらせることで、何かみつかることがあるかもしれない。哲学や詩が与えてくれる思考のイメージ。希望。

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先日の勉強会は、他の作家さんのご意見が聞けたり、学生時代以来、久々にデリダのテキストが登場したり、哲学的で、なかなか面白いものでした。どなただったか、お名前が出てこないのですが、最後に、「ワークショップに出てこない人はどうするのか。」いうご意見があり、まさに、アートが他の分野と関わろうとするときに発生する問題の本質をついた発言だったと思います。
私はこれを聞いた時、中学、高校時代の「やらされてる感」満載の体育祭を思い出しました。それは私にとってまさに苦痛でしかなく、この日を独自に「休日」と定めたほどでした。(親は渋い顔をしていましたが。)
私は、アートには「治癒力」のような特別な力がある、と信じています。が、それは果たしてすべての人に当てはまるのか、、、、
興味のない人にとって、参加型のワークショップは苦痛でしかないのではないか、、、
これはアートにかかわらず、すべての活動にいえることなのではないのでしょうか。「面白い」と思ってくださる人が大勢いらっしゃるのも事実ですし、興味のない方にも、空気のように寄り添うことができたら、それでいいと思います。そんなことに改めて気付きました。

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先日は勉強会参加させていただきありがとうございました。
色々と考えるよう機会となりました。
今でこそアートとホスピタリティーがメジャーなテーマになりましたが
数年前からloopに取り組まれているのはさすが”親”さん!と思います。
あれからつらつらと考えたことを書きます。

作家として制作したものを鑑賞していただくという行為と
ワークショップで一緒に制作をするという行為、
医療の現場に対してのアプローチとして大きく2つのかかわり方があるということになりました。
作家のモチベーションはこの2つの行為に対して大きく異なるのだと考えさせられました。
私自身もこの2つを同じ気持ちでできるかというと難しいように感じます。
また同じ気持ちでやらなくてはいけないという無理な強迫観念も働きます。

鬼頭さんがおっしゃったワークショップに対して疲弊してしまうという件、
そして佐藤さんでしたでしょうか、患者に寄り添う、あちら側の立場になるというご意見にも考えさせられました。

日下さんの教えるという立場の方が多いので、そのような視点からかかわることが良いのかと...
とのご意見もごもっともかと思ったのですが、後から考察するにここからも疑問がわいてきます。

いわゆる「エデュケーション」には目的があり伸ばし導くことであり、与えるだけでなく返ってくるものがあります。
一方「ホスピタリティー」は明確な目的がなく、気づきの機会を作り個々に補い寄り添っていくことが本質であり
導く方向性を持つこと自体が独善的なような気もします。
それゆえに個々に作家自身が隘路にはまってしまう、又は浅く可もなく不可もない制作になってしまう危険性を含んでいるようにも思います。

煮詰まりそうな感じなのでワークショップをデザインという視点でとらえている事案を思い出しました。
個展でお世話になっているギャラリーがかかわった展覧会で、AXISでのレクチャーに伺い興味深かった事案がありましたのでご紹介します。
テキスタイルデザインの分野で、日本のデザイナーがパターングラフィック的な手法で北欧の病院の改築プロジェクトに生かされたとのことです。
https://madamefigaro.jp/interior/series/design/170719-hospital.html
このプロジェクトではスタッフと患者とアーティストが制作を行い、
その作品をさらに病院内の恒久的なアートとしてデザイナーがデザイン化し、生かしていくという内容でした。
作家と患者さんという立場は、主観性が強いものになりがちで
この場合デザインという客観的な視点を通して表現されるために腑に落ちるのことなのかもしれません。

鑑賞という視点からは
世界初、治療として患者に美術館訪問を「処方」 カナダ医師会という心躍る記事を最近facebookで見つけました。
http://www.afpbb.com/articles/-/3194788?fbclid=IwAR3rU30sTYxK5ruhPvLc8mkRKGOcqtvHPQwIOWv8aBBAL8Ry0RnsPV5CbQw
気づきの機会を処方されるのですよね。
また、女子美術大学でお仕事があって先日伺った折に、名誉学長でノーベル賞学者大村智さんのお話になりました。
大村さんご自身とても美術を愛好されていて、北里研究所にもご自身のコレクションを多数お持ちで
展示替えもご自身で選ばれるとか。医療の現場にこのような方がいらっしゃるって、とても素晴らしいことですね。

答えのないことだとは思いますが
可もなく不可もない制作に陥らないように、今後も深く考察していきたいなあと感じました。

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会全体を通して終始緊張感を保ちつつも和やかな雰囲気が感じられ良い勉強会だったと思います。話の流れがこれまでの報告で半分過ぎてしまったこともあってかその後の問題提起を難しくしたようにも感じました。
アツミ氏自身言っていた通り哲学的テキストへの紐付けは私には強引過ぎて理解出来ませんでした。また、内科の先生(お名前を覚えてなくて申し訳ありません)のご意見は施術を受けに医療機関へ訪れる患者一般(私も含めて)の感覚に近いように思います。日下さんの意見にも通じますがアートである必要性には疑問を抱いています。(勿論アートの選択肢もあると思いますが。) 最後の根本さんの意見にもはっとさせられ、予定調和に流されている自分に気づきました。
今回の話を聞いてまたもや「そもそもアートとは何か?」と考えさせられました。アートを「生きていくための方法」と捉えると美術や音楽といった芸術の枠の外へ、一目瞭然なモノから日常生活の中の目に見えない営みへといった具合にどこまでも際限なく広がっていきます。私個人に限って言うと制作の立ち位置を変えなくてはいけなのですが未だ消化不良のままです。その辺りのこともアツミさんに伺いたかったのですが・・・時間切れでした。

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私は、佐藤さんはじめ他の出品作家さんとの意見交換が出来て良かったと思います。特に佐藤さんの意見には賛同し、患者さん方に寄り添う、ということはとても重要な事だと思いました。これからも定期的、出来れば展示が終了して近い時に、反省と勉強を兼ねた会が持てると良いかと思います。患者さんの意見や、作家にアンケートを取るなどしてデータを蓄積していくのは如何でしょうか?

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イベントに参加させていただき、参加された方々からお話を伺って、
アート・ホスピタリティの活動を通して
今の制作の幅を広げることができるのではないかと可能性を感じることができました。
すぐには結果が出ないかもしれませんが、少しづつでも続けること、
積み重ねが大きなきっかけになるのではないかと思います。

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勉強会の全体の進行から考えるといい具合に収まったと思いました。

それだけに、勉強会に参加したみなさん、司会のアツミさんと、喋りたりなかったのでは無いのでしょうか。
きっと、喋るきっかけがあれば、作家さんの意見がまだまだ、出てきそうだと感じました。
私的にはアツミさんのお話をもうちょっと聞きたかったです。

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色々な立場の方が参加していて、それぞれの経験の話もお聞きでき、ループの活動自体がとても意義のあることで、続けて行くべき活動であると改めて実感した次第です。

ただ、これは個人的な実感ですが、この活動の必要性の確認で終わってしまったように感じたので、今後どうして行くかという具体的な話を交わすことは今後の活動の発展のためにはどうしても必要なことであると思います。

例えば、何かワークショップのようなものをやって笑顔になってもらおうという理由であるならば今のままでいいと思います。ですが、もっとこの活動で積極的に病院にアプローチしてもっと大きな成果を出して、大きな波を作るのならば、今のままだと次のステップにはなかなかいけない気がしました。

また、皆さんも仰っていたようにこの活動が必要であることは絶対そうなのではあるのですが、活動が絶対的に必要であるということがある意味で盲目的に信じられている点も気になりました。笑顔だから正しい、病院の方が喜んでくれたから正しい、という結論では抽象的で説得力に欠けると思います。

この感覚的に正しいというのはアーティスト側からの視点であって、病院側の視点で正しさを理解してもらうには、どうしても具体的な成果や、医療の専門的な知識に基づく成果を僕らが説明できなければならないと思います。
活動に参加した結果がそのような抽象的な感想になってしまうことは、勉強会の中でそういう話にもなりましたが、ループの活動に参加することが作家という立場にどういう影響を与えているのかという点で、自分にできることがあるからやるというどこか奉仕的に行なっているからなのではないかと思いました。

ただ、その奉仕的に行うということはどうしても作家の立場からすると抜け出せないジレンマのようなものでもある気がします。できることがあればやるというのは当然としても、本格的に医療と美術を結びつけるとなると、作家業とはまた離れて別の仕事としてやらねばならないことのように感じます。

となるとやはり、僕らが持つ美術に関わることで元気をもらったりという実感を、もっと一般化して医療の現場に持って行くには、病院の関係者の方で美術に精通している方、それこそ海外でアートホスピタリティを専門にされている方のような、そういう方の必要性をどうしても感じてしまいます。

私は2回だけの参加ですが、ループという活動を長く続けてくださった成果が、そういうところまできているという実感もありました。
この活動を続けて行くことがまずとても必要で、その中できっとチャンスがあるはずと思いました。どこかで専門的にもっと活動をしている人と繋がっていけば活動は次の展開になって行くはず。勉強会ではそういう希望も感じました。

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色々な方のご意見を、それぞれの体験を踏まえて具体的にお聞きできたのがとても良かったです。難しく感じる所が共通していたり、逆に自分では感じ取れなかった気付きの面など、やはりこのような機会でないとなかなか知ることが出来ません。

内容については複数のテーマが盛りだくさんだったので、哲学的・思想的なお話、ワークショップのお話、展示のお話、病院側との関係性のお話など、ある程度絞ったほうが深い意見交換ができるのかなと思いました。

また対象となる患者さんの病状や年齢などの違いによってアーティストの方々の考え方もかなり変わってくるなあと改めて思いました。

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ホスピタリティアートについて
今回の皆さんのお話を伺い印象に残ったことを箇条書きで思いつくままに記してみます。

・アートを医療の現場に取り入れようとする試みを受け入れて下さる医療関係者が少なからずいらっしゃることに嬉しく思った事

・アート活動以外に援助職や教育、子育て、介護などに携わった経験があるアーティストの方のほうがホスピタリティアートに積極的な印象を受けた事

・ホスピタリティアートとしての作品づくりやワークショップを困難に感じるアーティストもいらっしゃるという事

・患者様の参加型ワークショップはアートセラピーと同じような効果および
ファシリティテーションが必要ではないかと感じた事

・ホスピタリティアートを医療の現場に設置したりワークショップをする事で
不快に思う患者さんやスタッフの方が出てきた場合、提供側の改善をする必要はあるとは思うが
その不快な感情を、心身のトリガーポイントと受け取り心療内科や精神科などの先生やセラピストの方と連携して
アートセラピー療法に繋げていくことが出来たら素晴らしいなと思った事

・アートの可能性を信じて行動なさっている方が、アーティスト以外に存在したいることがとても嬉しく感じた事

私自身、アーティスト側の立場であり
表現アートセラピーを学んだ者であり
また家族を病気で亡くした経験や
自身が体調を崩した体験などがあるので、
アートには歴史的価値や財産的価値以外にも
もっと人々の生活や空間に寄り添う
目に見えない価値があるとずっと信じておりました。
でもアートシーンではなかなか
その様なことは口に出し難い雰囲気がありますし、従来のアートとはまた別の次元の存在とされていると感じています。

もちろん、従来のアートシーンで評価されているアートとホスピタリティアートが同等の価値観で評価されることがそもそも根本的に違うのかもしれません。

でもやはりアートとして存在していることは確かなので
ホスピタリティアートは第3のアートとも呼べるのかもしれませんね。

アーティストとして
評価されたりコレクションに加えて頂ける作品を作ることはとても重要ではありますが
ホスピタリティアートのような
目に見えない価値を提供できた時の喜びはアーティストにとって
制作のモチベーションになること以上に
描くことの意味、しいては自分の存在の価値というような心の糧となると
私は思います。

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