工房”親”
  Gallery KOBO CHIKA
 
CORRESPONDENCE/LANDSCAPE
佐野陽一 Yoichi SANO
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 世界の前に立ち止まることはできるだろうか。
ただ、そこに現れたものを漠然と受け止めること。
そして、一切の判断を保留し、切断されたものとして対象を思考することに溺れること。
 写真はその一端をある種担うことが出来るように思う。

 たびたび、写真は事象や時間の凍結として語られ、実際それを教える場面(それが可能か否かはここでは問わないことにして)でも、シャッタースピードとf値を用いて数値化し、露出―露光―時間の中へ解消している。確かに、それ自身はフィルムや印画紙といった感光材=写真の支持体に定着されたものであり、そこに捕らえられたイメージは停止している。
 だが、正確には作品のある部分が停止してそこに現れていると言うべきだろう。時間軸を追って考えてみても、イメージを認識する作者/鑑賞者双方の視線は片時も静止することは出来ようはずもなく、身体的な制約を振り切っての<見る>という行為が不可能な以上、われわれは未だかつて静止した世界そのものに出会ったことはない。


  そこで我々内界の経験は、現在を去れば去るほど、あたかも他人の内界の経験であるかのごとき態度で観察が出来るように思われます。こういう意味からいうと、前に申した我のうちにも、非我と同様の趣で取り扱われ得る部分が出て参ります。すなわち過去の我は非我と同価値だから、非我の方へ分類しても差し支えないという結論になります。(夏目漱石「創作家の態度」『文芸の哲学的基礎』講談社学術文庫)


われわれ(作者/鑑賞者)がともに出会うのは、作品からふいに現れたイメージとしての他者である。
言うまでもなく作品とは、鑑賞者に対して何らかのきっかけとして機能し、そこからさまざまな方向へと思考を巡らせ関係を張り巡らすための、他者に出会うための、およそなんらかの装置の名称であるだろう。

 水面に小石を投げ込むように、現実の世界へ向かって、作品というささやかなきっかけを投げ込んでみること。

◆経歴

美術家。
東京芸術大学美術学部先端芸術表現科非常勤講師(写真・インスタレーション専攻)。
平成16年度文化庁新進芸術家国内研修員。

1970年 東京都生まれ
1994年 東京造形大学造形学部デザイン学科環境コース卒業
1996年 東京造形大学研究生修了(岡村多佳夫研究室)

◆個展

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1996 「写真と構築」 東京日仏学院(東京)
1996 「風景と思考」 横浜日仏学院(神奈川)
1998 「透明な写真/transparency」 アユミギャラリー(東京)
1999 「transparency」 ギャラリー檜(東京)
2001 「transparency-light,quantity」 アユミギャラリー(東京)
2002 「transparency-flow」 Space Kobo&Tomo (東京)
2003 「transparency-reservoir」 Space Kobo&Tomo (東京)

◆主なグループ展

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1996 「photography/Painting」 ギャラリーサージ(東京)
1996 「佐野陽一+森本太郎」 アユミギャラリー(東京)
1997 「版による」 ギャラリー檜(東京)
1997 「絶対風景の復活」 Gallery 工房”親”(東京)
1999 「岩崎容子+佐野陽一+森本太郎」 ギャラリー檜(東京)
1999 「アーティストの周縁/Artist's proof」 トキアートスペース(東京)
2002 「MEMORY OF THE RAY-SCAPE光・記憶・記録」 Gallery 工房”親”(東京)
2004 「VOCA展2004 現代美術の展望-新しい平面の作家たち」 上野の森美術館 (東京)
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