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自分自身の周りの「無意識」という領域に関心を持ち出したのはいつごろからだろう。自分なりにこの
「無意識」を考えてみると、見たり聴いたりしているのに記憶に残らない事柄、とかいつも接しているのに普段忘れている事、と言う事になる。
自分の周りには、この無意識の領域がたくさんある。自分だけで無く誰にでもたくさんある。それは、人間自体が、そうたくさんの事を正確に、大量に冷静に記憶していられないという事がある。時系列的な記憶能力も相当に怪しいかもしれない。大きさの記憶力もかなり不正確である。だからパソコンが活躍する。
印象に残っている事と、その次に印象に残っている事の順序が、あとから思い起こすと逆転していたり、小さな子供時代の、例えば遊園地の遊具や小学校の机やイスが、後から訪れてみたら異様に小さかった、という経験は皆何がしかされていると思う。
補う方法としては、画像の記録媒体がある。その他には文字でメモを取る。などいろいろあるけれども、画像でそういう忘れると思われる部分を記録する、つまりは、録画する、撮影するといったことである程度補えるはずである。
結婚式などでも、会場の業者の写真やビデオのカメラマンを依頼するだけに飽き足らず、親が親類が、友人が、全員が全員カメラを、ビデオを持って料理を食べるのもままならず、という光景はそれほど珍しく無い。
おそらくなんだけれども、これは、人というのは自分の「記憶の不正確さ」というものを無意識のうちに、皆、極めて良く認識している証左ではないだろうか?
自分はもっと日常生活の中で気にもとめない様な光景を“見よう”として来たつもりである。太陽の日は物理的にあたっていても皆が通り過ぎていってしまう、すぐに忘れていってしまう風景の中から、自分の視点で気になった風景をほんの少しずつそこここから“steal”してきた静止画像を、ナンバリングして10年以上貯えてきた。そういう行為を材料にして、皆がちょっと無意識な風景というものから、何か発見できないか、創りだせないか、と試行錯誤してきたのが自分の展示のシリーズ“DARKSTAR”である。
強引を承知でいえば、意識されていない=DARKの、静止した時間= STILL TIMEの集合体を収集してゆく事が、自分の写真活動のライフワークであり、それ以外の事をするつもりは、ない。
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